【住職】丘 正法(おか まさのり)
■とにかく誰でもウェルカム! 50年間続けてきた場づくり
私が小学2年生か3年生の頃にはこの本堂が建ったので、今年でもう50年になりますね。父がこだわった椋の木で仕上げた建物で、サッシも昔のまま。私が子どもの頃から変わりません。寺を継いだときには、まずは門徒さんが親しみやすい、気軽に来られやすい場所を目指しました。ともするとお寺はお葬式と法事だけのお付き合いになりがち。どうしても敷居が高くなってしまいます。でもここの門徒さんは、本当に気軽に来て、本堂に上がってお参りしてお茶飲みながらお話しして帰っていかれます。
今では当たり前のそんな雰囲気の場づくりに一役かってきたことのひとつに、父が始めた、地域の子どもたちにとっての遊び場所としての場づくりがあると思います。近年は新型コロナウィルス感染症の流行により実現できていないのですが、夏には毎年子ども会を開催していました。お家を離れ、仏さまの話を聞いたり、みんなで寝食を共にしたり。温泉にも行ったりしましたよ。多い時は50人。50年前くらいより続いてきた行事ですから、子ども会に参加した方が親になり、その息子さんたちが来るようになったりして。私も子どもの頃に参加して、楽しかった思い出になっています。寺を子どもたちの遊び場にすることで、父は親しみやすい場づくりをしてきたんだと思います。とにかく、どなたでも。今の言葉だとウェルカム!ですね。私もその思いを引き継いできました。子ども会も早く再開できたら良いなと思っています。きっと子どもたちも、楽しみにしていると思うんです。
■「報恩感謝」を忘れずに
大切にしているのは感謝の気持ち。「報恩感謝」という言葉です。
私自身がこのことを実感したのは、22歳から14年間、築地本願寺に奉職させてもらったことがやはり大きかった。何もわからない私を育ててくださったのは築地だと思っています。朝はご本堂のお掃除から始まり、仏飯米をいただいて。そのときに「いただきます」っていう言葉をありありと実感しました。感謝する気持ちですね。
築地本願寺の仏飯米、実は、うちの門徒さんで農家のみなさんがお納めくださったものを、奉納しているんです。51年間も続いていて、毎年1トンにもなりますよ。秋になると、何も言わなくても、皆さんのほうから「お米ができましたよ」と、持ってきていただけるんです。まるで親戚の家に届けるような感覚で。大きな家族のような感じですよね。
■門徒さんたち想いが地域へと循環する場所
光尊寺の門徒の皆さんは、寺は特別な日にだけ来る場所ではなく、日常的に自分たちの居場所として関わってくださっています。たとえば、いつでもお寺に来てお茶でも飲んでいってもらいたいと、本堂にテーブルを置いておけば、婦人会の皆さんが自主的にお茶を用意してくれますし、暑い季節には冷蔵庫に冷たい飲み物を用意してくれて。そのおかげで、お寺を訪ねてきた皆さんのくつろぎの場所になっています。他にも夏の間には皆さんが草刈りにも来てくれるのですが、今日は誰の担当などと日にちを決めるのではなく、自主的に時間が空いたら行きましょうと順番に来てくださるんですよね。今日も庭にできた窪地のお手入れをしに門徒さんが来てくださっているのですが、私の方からお願いしたわけではないんです。皆さん、本当に自主的にやってくださって。寺が成り立っているのは、本当に門徒さんたちのおかげ。田舎ですから門徒さん同士の繋がりも強く、寺はその中心にある場所なのだと。大きな家族のような感じなんです。みなさん、「住職」って呼んでくださいますが、敬うというよりも、より親しみをもって呼んでくれているんです。