元和2(1616)年、浄元によって武州赤坂(現在の埼玉県所沢市付近)で開山された。山号の「赤坂」はこれに由来している。同じ年に現在の日本橋浜町に移転、明暦3(1657)年の明暦の大火で全焼した。その後、築地に移転し、築地本願寺周辺の58ヵ寺の寺中寺院のひとつとして位置づけられる。しかし大正12(1923)年の関東大震災で再び焼失。このとき政府によって寺中寺院の一斉移転が命じられ、築地や浅草などにあった複数の寺院とともに現在の足立区東伊興に移転してきた。
現在の本堂は昭和52(1979)年に完成。鉄筋コンクリート造りで1階が客殿、2階が本堂になっている。災害で2度焼失した経験から安全面に配慮したものだった。その後、昭和62(1989)年までに庫裡、山門、水屋、合葬墓、墓地、2階建ての伝道会館の建設が完了した。平成8(1996)年には伝道会館を3階建てに改修している。
本尊の阿弥陀如来像は2度の大火でも奇跡的に焼失を免れている。明暦の大火のときは納骨堂に納められ、関東大震災のときは当時の住職が合葬墓の下に埋めて避難していた。このためご門徒の間では「火除けの阿弥陀さま」などというご門徒もいる。